あいちゃん from Burlesque東京 INTERVIEW

今回インタビューで登場するのは、、「目指せ!おっぱいで世界平和♥」がモットーの「あいちゃん」です!夜の六本木、バーレスク東京を舞台にショーガールとして活動する、大きなバストと屈託のない笑顔が印象的な彼女に、知らず知らずのうちにお世話になってる男性諸君も多いはず、、。それは一体どういう事?破天荒でありながらも一貫した姿勢を貫く熱い女、そんなあいちゃんに色々とお話を伺ってきました。それではいってみましょ~!!
<Text&Shooted by KANE>


あいちゃん × PEAK HOUR
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– あいちゃんは小学生の頃はどんな子だった?

 (※以下太字 / あいちゃん)

おてんばで外で遊ぶのが好きで、、中学校2年くらいまでペチャパイでチビだったから、結構すばしっこい感じの子でしたw
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元々横浜が地元だけど
幼稚園から小学校5年くらいまでは千葉の鎌ヶ谷って所に住んでて、結構自然もいっぱいある所だったから男の子とも普通に鬼ごっこしたりして遊んでました。それからまた横浜に戻ってきて。物心がついた頃から桜木町のガードの絵を見るのも凄い好きだった。

– 中学生になってからどう変化したの?

住んでたのが横浜の黄金町とか日ノ出町とかあの辺に近い所だったから、、街柄っていうか、道端でたむろしてやたら鼻筋に白いライン引いてたり。EGG (当時流行ったギャル雑誌) が流行った後、名残の時代だったからそういうメイクに憧れて、みたいな。
中2で生理が来てからいきなりオッパイ大っきくなってきて。ペちゃんこだった胸が一ヶ月でBカップになって、そっから毎年、、中3でC、高1でD、E、F、G、H、、で、二十歳までの間に Iカップにまで達して。一回21歳でJにまで達して、今は痩せて I にまで戻ったw
中三で高校の進路決める時に、勉強は嫌いだったし「何で高校行かなきゃならないの?絶対行かない!」とか思ってたんだけど、じゃあ何したいいんだろ?将来?って思って。
いきなり中2でBカップになって下着屋さんに初めて買いに行った時、店のおばちゃんに「何でこんなサイズになるまで下着買いに来なかったの!」って怒られたんだけど、、お母さんを小6の時に亡くしていたから、教えてくれる人いなかったし、その時はむかついたな、、。で、そこから下着を着けるようになって、下着の事色々調べたらワコール (大手下着ブランド) が日本ではNO.1ってなって。更に調べたらワコールで働くと3年から5年の間で全ての部署を回れるらしくて、全てを学べるのがいいなって思って。
ワコールに行くしか無いな、って思ったんだけど採用条件が大卒で。あたしが大学なんて無いって思ったけど、ワコールの推薦枠がある大学、京都造形大学を見つけて。絵を描くのは好きだったし、高校もデザイン科のある高校を受けて、、優等生ではなかったけど高3の夏には入りたかったその大学にAOで受かって入学も決まって。

– 中3の時からワコールへの入社を考えて計画的に動いてたんだね。

そこまでは自分の決めた進路をきれいに組み立てて行ったんだけど、、。高校に入ってからは当時の彼氏と元町の “BRIDGE” にダンスのイベントみたいので行ったのが初めてのCLUB体験で “Bodega” っていうCLUBも近所にあって、夜に親には「ランニング行ってきまーす!」とか言ってウインドブレーカーの下にホットパンツとか履いて、平日の0時回る前の1時間くらいスピーカーの前にいる、っていうのがクラブ遊びのスタートだった。
当時は友達と横浜駅の西口側にある駐車場に溜まるのが日課になってた。今思うとホント軽卒だったんだけど高2のある日、彼氏と別れてヤケクソになってた時、溜まり場から家に帰る途中、通りがかりの車にナンパされて車乗り込んでその人について行っちゃって。私も一人で相手も一人だったんだけど、、場所がどこだか分からないような、だだっ広い駐車場連れてかれて。途中飛び降りようかと思ったけどそれも怖くてできなくて。私が泣いたら相手は躊躇もしてたけどレイプされて。暴力的ではなかったけどグイグイこられて私も諦めて、、。
1~2時間で解放されたけど、、その時に女って不利だなって思った。私は「女として、男に負けない女になろう」ってその時に強く思った。男と対等にやってやろう、じゃなくて「女」を使ってやろうって思ったの。その事件が、私の根源にあると思うし、今も女だから出来る仕事をやってる。
高校卒業した後はワコールの推薦枠がある京都造形芸術大学行って、その頃にSNOOP DOGとか黒人文化に感化されて髪型アフロにしたら、居酒屋とか飲食店で働けなくなってw
どうしよう?ってなってた時にクラブに遊びに行ったら店長に「おまえ面白いな~、うちで働かへん?」って言われて、そのクラブでバイトしながら大学生して、家賃とか最低限の生活費は親に仕送りしてもらっていたけど、結構画材とかでお金かかったりでカツカツだった。
学校の授業でもあたし凄い生意気で。高校の時にデザインの事も学んでたから、初めたての他の子達よりは出来るじゃないですか。そういうのもあってあたし態度が凄い舐め腐ってて。それで適当にやるようになっちゃって単位落としたり。他にも色んな事が重なり、、大学も結局途中で辞めちゃって。

– それが20歳になったくらいだ。目標も無くなった先でどうしようと思った?

人生初の挫折、、。その後横浜に戻ってきて何するか決めてなかったから、半年くらいめっちゃ安いキャバクラで働いて、ノリでやっただけだったし、150万くらいそこで貯めてそのお店も辞めて。貯めたお金が無くなるまでプータローやって。
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一番上が当時のあいちゃんw
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使い切る時に「これから何をしよう?」ってなって。ちょうどその頃、神田うのがストッキング販売してそれが凄い流行ってて。神田うのは足が奇麗で「ストッキング」なら、あたしはオッパイが大きいから「下着」みたいな流れに持って行けるような立場になれたらいいな、って思った。
それで佐藤江梨子 (当時人気のあったグラビアアイドル) が好きだったから、所属事務所のイエローキャブも調べたんだけど募集要項とか何も出てこなくって、、。でも芸能人になりたいとかタレントになりたいとかそういう考えは元々無かったし、、「じゃあ、AV女優??」って。その方が短いスパンで名前も売れるし、あたしSEX好きだしw いいじゃん!!ってなって。
その頃渋谷のCLUBによく遊びに行ってて、街歩いてると凄いキャッチとかされるから、ある日キャッチのオヤジに声掛けられた時に色々話を聞いて。案内された事務所で面接して、オッパイが大きくて有名な女優さんも在籍してる事務所で。じゃあココに入ろう、ってなったんだけど、、色々あって、、結局そこの事務所は断って、自分で探して人づてに紹介してもらった事務所に入って。

– そこでAV女優としてデビューを果たすと。
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そう。2009年の6月に「鈴香音色」っていう名前が出来た。まだ芸名が決まってないっていう事で面接に行った時に、音が好きとかそういう流れで「鈴香音色」っていう名前に決まって、、いい事務所だったから嫌な思いとかはなかった。
私は2年で辞めるって決めて始めて。女優業はダラダラ長くやっても、、あたしは売名で名前を世に軽く出すっていうのが目標だったから。でも2年経つ頃に事務所に仕事干されて「そんなんで辞めれんの?」みたいに言われて「まだ続けます」って言ったら半年くらいの内に普通に仕事量戻ってて、、これイジメられてた、って思った。で、パッと「じゃ、辞めまーす」みたいな。それから引退作出して、やめた。
トータル、、2年半の間で単体で、再販見たいのも入れて100シリーズくらい。人数物だったり企画物で200本くらい。

– 初撮影はどうだった?

以外と緊張しなくてw 緊張は多分してたと思うけど、始まったら「カメラマンさんこういう風に動くんだ、、」とか見渡しながら、後はされるがままで。男優さんも色んな配慮をしながらこなすから「男優さん、すげえな」って最初に思った。SEXうめえなって言うよりも、AV男優って職業なんだなって思った。
初現場の時はシミケンさん (AV男優) 。エロの現場なんだけど、撮影だから照明さん、メイクさん、監督、ADとか全部いる環境だし、ほんとドラマの撮影みたいで。

– およそ300タイトルって凄いよね。実際にはどのくらいの現場数こなしてるの?

200現場は確実にこなしてると思う。マジで一週間の間に4本ぐらい仕事入ったりした時は、それこそマ○コが切れちゃって泣いた。もうヤダ、したくなーい!って。でも、おかげさまで今は下ネタで入れないネタとか無いレベルで喋れるし、一通り経験してる感じ、何か色んなw くだらないのから王道まで、、スカトロ、ハードSM、アナルとかは、NGだけど。
あと私レゲエ音楽が好きで、レゲエは同性愛を許さない文化だからレズもNGにしてたんだけど、一回だけ「小坂めぐる」って言う女優さんがすっごい好きで、ちょうど小坂めぐるさんが引退する頃でやらない?って言う話が来て、あたしと小坂めぐるさんともう一人、女三人で絡んだ。
好きな女優さんだったし、憧れの先輩みたいな感じだったからすごい緊張した。男の人とやる時も映り方とか技はあるんだけど、そういうのを生かしながら、お互いを綺麗に魅せるっていうのを意識して。
AVの現場もすっかり慣れちゃうと、撮影が重なってる時とか隣からガンガン喘ぎ声が聞こえてくる中で平然とお弁当を食べてたりとか、全然気にしないで「あ、お醤油入ってなーい!ヤバ、声だしちゃダメだ」みたいなw 普通の生活だったら考えられない。

– そんなAV女優として活躍した2年半の生活も、いよいよ終止符を打つ事になると。

18の時に地元の「浜劇」ってところに初めてストリップを観に行って、、。子供の頃からそこに在ったのは知ってたし、すごい気になってて、男友達に「どうしても行きたいから」って一緒に行ってもらって観たんだけど、女の人の体がすっごい奇麗で、、。
AV女優からストリッパーになるのがセオリーみたいになってたし、AV女優辞める頃と重ねてストリッパーデビューして。そこからストリップにハマっちゃって。AVは辞めたけどストリップは続けて。
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– ストリップはどこでやってたの?

ストリップは「川崎ロック」デビュー。その後地元の浜劇も出たし。地元で表に垂れ幕も出て。「鈴香音色、来演」みたいなヤツも出してもらったりとか。浅草ロック座も出演させてもらったりして。強面で表情が硬いおじさんとか来るんだけど、わたしがステージで踊った時に笑顔を振りまいた時、そういうおじさんがつい笑っちゃうのとか、ニヤッとしたのを見ると凄い私の中で幸福感、、。一種の快感を感じるな、と思って。
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一番最初に会ってお世話になった姐さんに「5年やらないと踊り子じゃないわよ」って言われて。それで5年やろうって思ったんだけど、、ストリップ三周年の前くらいでお父さんにバレて凄い怒られて。それで勝手に辞めさせられて。
地方営業であちこち行ったりして飲みに行った先で「何やってるの?」って聞かれて「旅芸人です!」とか言ったりしてw すごい楽しかったから、辞めさせられたのも凄い悔しかった。それが25歳くらいの時で。

で、お父さんが「ニューヨークのブランドのバッグの販売権を買ったから、おまえやれ」って言われて、、デスクワークなんか全然やった事ないのに、お父さんの隣でデスクワーク生活を1年くらいやってたんだけど、ホント病んで。私の人生で一番の暗黒時代。その時期が。人と顔を合わせる仕事をずっとやて来てて接客が好きだったけど、その時期は毎日パソコンと睨めっこでお父さんしか顔を合わせない。ああしろ、こうしろ言われるけど全然分からない事ばっかで。
貯金も結構有ったんだけど全部その仕事につぎ込んで底をついてきて、その頃に「こんなんじゃ鬱病になっちゃうよ!!」って言ったら「じゃあ精神病院でも行って診てもらってこい!」って言われて。その勢いで飛び出して診てもらったら、鬱って診断されて、、それが自分でもショックで。「あたしが鬱?!え~!!」ってw でも結局鬱では無かったしw それで仕事も辞めさせてもらって。
お父さんも仕事になる事は色々チャレンジするタイプで、自由にやってる人だけど今は何の仕事してるか分からない。その一件でお互い仕事の話はしなくなったし私も聞かないし。
片親で育ってきて、お母さんに似てる娘がこういう仕事をする事に理解はしてくれてないと思うけど、、でも、とりあえず俺の言いなりには出来ない、ってある程度の諦めはついたんだと思う。

– それからお父さんとは会ったりはしてる?

会うけど普通に実家に帰ってお父さんのご飯食べて、、とかね。自分と似てる所が多くて何かとぶつかるから、あんまり好きじゃないけどすごくリスペクトしてる。

– AVからストリップ、デスクワーク時期を経てどうだった?

ストリップへの未練は今もあるし、お父さんと始めた仕事は今までやった事のない全く違う分野の事だったから、経験としては良かったかなって今は思ってる。でもやっぱり人前に出る仕事がしたい!ってなって探して今やってるのが、六本木にある “BURLESQUE TOKYO“。バーレスクはショーパブのエンターテインメントとして日本の最先端だと思うし。

– バーレスク東京に入った経緯は?

噂を聞いて調べたら、バーレスク東京のオーナーであり演出家、内藤良太さんのブログが出てきて、、そのブログがすげえ熱くって共感できて。ここしかねえ!!って思って。「面接したいです。」って言うのをその日にガンガン書いて送って。自分の今までのプロフィールも書いて、きわっきわのVビキニの全身水着の写真も送って。そしたら向こうも「なんかヤベえの来たぞ、とりあえず入れとけ」みたいになったみたいでw で、面接した次の日から体験で入って、その次の日から本出勤。ポンポンポーン!みたいな感じで、また人前に出る仕事に復帰した。
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@Burlesque東京
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私、以外と面白い人生歩んでるかも、、。先の事を決めないと進みだせない、何して行けばいいか分からないって子もいるけど、そういう生き方が逆に出来ない。コレッ!って決めないと何も出来ないし何もしないっていうタイプだから。今までも行き詰まった時とか、人生の年表書いたりとか、5年後何してたい、10年後何したいって紙に書いて知って、、自分の意志を確認したりとか常にしてる。

– 未来はどうありたい?

今やってるバーレスク東京も楽しいし、まだ決まってない。ストリッパーへの未練もあるし、アートな事したいし、下着とかもやりたいし、結婚して子供生みたいっていうのもあるし色々せめぎあってるお年頃、、なのかな。
ストリップの先輩の姐さんがいるんだけど、その人は40過ぎててすっごい綺麗で、、旦那さんもいて子供も育てて、そういうのが理想かな。かっこいい。女前というか男前というか。すごく粋だし、裸一貫で人を楽しませるっていう。あたし自身も、そうやって人を魅了させたいな。
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Full Moon Rave 2017@ageha
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– ピークアワーっていう言葉から何を連想する?

気持ちがいい時。お客さんの笑顔をたくさん見れた時。たくさん見れた上で、ちゃんとプロップスが返ってきたときはホントに、、ピークアワーかな。楽しませたい気持ちは常に持ってるから、バーレスクも遊びにきてほしいし絶対に後悔させない、って思ってる。
私が辿ってきた経歴に悔いはないし何も恥じてないし全部話せる。女優だった時代も、その話に触れなかったら忘れ去られて何事もなくなるだろうけど、隠したくないから言うし。理解出来ない人はつるむ必要もないし。
高校、大学の友達も、クラブの遊び友達も、私が女優やってた頃から今も、誰も否定しなかった。いい環境だったし今後も色んな人達と出会って、私にしか出来ないような事を表現していきたい!!

– 今日はありがとうございました!今後の活躍も楽しみにしてます!(握手)あいちゃんの出演情報や近況に関しては、バーレスク東京のスケジュール、あいちゃんのツイッター等をチェックして是非現場でヴァイブスを体感してみて下さい!
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<Twitter : あい@バーレスク東京

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PEAK HOUR!!

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SUPER NICE @CMK gallery

只今、大阪のCMK galleryにて開催されているグループ展 “SUPER NICE” にて作品参加しています。CMK galleryの呼びかけによる、日本各地のライターの作品が展示、販売されています。会期はおよそ一ヶ月間あるので是非お越し下さい。 By KANE
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“SUPER NICE” Group Exhibition

場所 : CMK gallery

日時 3/25(sat) ~ 4/23(sun)  13:0020:00 ※水曜定休日

住所 : 大阪市中央区西心斎橋2-16-14宝泉ビル別館2F

 

PEAK HOUR!!

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METEOR @HOLON GALLERY

3月11日より仙台のHOLON GALLERYにて開催されるグループ展、METEORで作品参加します。会期中は主催する SHARPNESS の呼びかけにより集まった各地のライターの作品が展示されます。是非お越し下さいね!!  By KANE
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Hollon gallery
〒980-2823 仙台市青葉区国分町1-4-9 1F
☎ 022-215-1157

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PEAK HOUR!!

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The Mothership Returns To Tokyo / Parliament-Funkadelic Tribute Art Show

昨日の関東地方では雪もチラホラ、、っていうか気がつけば師走直前!!そして11月28日より開催されるアートショー “The Mothership Returns To Tokyo / Parliament-Funkadelic Tribute Art Show” に参加します!!

自分的に思い入れのある曲 “SWING DOWN, SWEET CHARIOT” をサンプリングしたDr. DREのクラシック “LET ME RIDE” は、夢中で聴きまくってた大好きな曲だったし、原曲としては当時認識していなかったけど、後にそれ以外にも数多くのアーティストがP-FUNKの影響をうけている事を知るのです。これ以上話すとややこしくてキリがないので割愛しますが、一つ言える事は自分自身が心の底からFUNKのグルーヴを愛している事、、言葉には出来ない程の影響を受けているという事です!!

P-FUNKの創造主、George Clinton来日ライブに重ねた今回のアートショー。ライブ行きたいけど時間無いな〜、、レセプションでもしかしたら本人も来るかも?!何て考えながら只今作品制作に没頭中!! (汗)
今回のアートショーの概要は下記リンクの媒体でも詳しく見る事が出来ます。会期中に是非遊びにきて下さいね〜!!

KANE

“The Mothership Returns To Tokyo / Parliament-Funkadelic Tribute Art Show”

<参加アーティスト>
・From US
George Clinton, Overton Loyd, Diem Jones, Buzz Parker, Chris Prynoski, Gustavo Alberto Garcia Vaca, James Reitano, Josh Herbolsheimer, Kenny Keil, Man One, MARK OF THE BEAST, Michael Massenburg, Ritzy Periwinkle, Rob Reger, Syndrome Studio, Unification Theory

・From JAPAN
BLACK BELT JONES DC, BUNA, cherry chill will, COOK, GOSPEL FOR TRAMPS, Hideyuki Katsumata, HITOTZUKI (KAMI+SASU), KANE, Kazuya Ito as toi whakairo, KIO, Kiyoshi Takami, KRESS EYE, LEEGET, MA1LL (SIMI LAB), Masanori Naruse, MURASAKI, NOVOL, POPY OIL, Shuntaro Takeuchi, SUIKO, SunEye (Akiko & Hashim Bharoocha), Tadaomi Shibuya, Tokio Aoyama, USUGROW, YOSHIROTTEN

開催場所 : NOS ORG 〒150-0042 東京都渋谷区宇田川町4-3ホテルユニゾB1F ☎03-5459-1717
展示期間 : 2016/11/28(月) ~ 12/30(金)
営業時間 : (月~木) 18:00~翌2:00 (金・土) 18:00~翌5:00 (日・祝) 17:00~23:00

※アメリカ人参加アーティストの作品の展示は12月4日(日)までになります。
※入場無料ですが、NOS ORGは飲食店のため、ご来場の際は必ず1オーダー以上のご注文が必要となります。
※土曜、日曜、祝日は貸切営業が大変多いため、ご来場の際はNOS ORG(03-5459-1717)まで事前にご確認の上、お越しください。


<オープニグレセプション> ※2日間開催、入場無料
11.29(火) 18:00 ~ Midnight

[DJs] Wassupski (Jazzy Sport), TOMOYASU TAKEUCHI (マボロシ/ex:SUPER BUTTER DOG), TOMOHIKO HEAVYLOOPER (HOMARE/ex:SUPER BUTTER DOG), TEE (Wax Poetics Japan)
+参加アーティストによるライヴペインティング

11.30(水) 18:00 ~ Midnight
[DJs] G.RINA, ZEN-LA-ROCK, Danny Masao Winston (Wax Poetics Japan)
+参加アーティストによるライヴペインティング


http://www.hiddenchampion.jp/p-funk-nosorg16

http://www.qetic.jp/music/pfunk-161115/221058/

http://www.waxpoetics.jp/news/mothership-in-tokyo/

http://www.billboard-japan.com/special/detail/1752

 

PEAK HOUR!!