「平成エクスプレス」 刺繍キャップ 予約受付中!!

平成最後、ノリキヨのニューアルバム「平成エクスプレス」リリースを記念した刺繍キャップです。

カラーバリエーションは全4色、フロントと左サイドに刺繍が入ります。

「平成エクスプレス」 刺繍キャップ ¥5,000+税

<予約期間> 2/10~2/28 ※商品は予約期間終了後の生産となりますので、発送は3月中旬になります。

’深みあり危ないよ!’ ケイパくんソフビコレクション #2 新発売!!

昔から全国各地の河川に生息していると言い伝えられている妖怪、、「河童」をモチーフにした愛嬌たっぷりのゆるキャラ妖怪「ケイパくん」ソフビ、、第2弾が発売します!!

今回発売されるモデルは、クリスタルブルーのケイパくん。それに合わせた色のヘッダーと、袋の底部には白の吹き付け塗装を施し、まるで冷凍庫から取り出したようなヒンヤリした雰囲気♪

夏の錯乱、、残暑の季節に「深みあり危ないよ!」それはケイパくんからの意味深なメッセージ!
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深みあり危ないよ!ケイパくんソフビコレクション #2

¥4,800(税込価格)
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<予約期間> 8/12(土)~8/20(日)

<発売日> 8/26(土)

※下記ウェブストアー2店舗にて予約受付中です。

http://store.peakhour.jp/

https://bergfine.theshop.jp/
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PEAK HOUR!!

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あいちゃん from Burlesque東京 INTERVIEW

今回インタビューで登場するのは、、「目指せ!おっぱいで世界平和♥」がモットーの「あいちゃん」です!夜の六本木、バーレスク東京を舞台にショーガールとして活動する、大きなバストと屈託のない笑顔が印象的な彼女に、知らず知らずのうちにお世話になってる男性諸君も多いはず、、。それは一体どういう事?破天荒でありながらも一貫した姿勢を貫く熱い女、そんなあいちゃんに色々とお話を伺ってきました。それではいってみましょ~!!
<Text&Shooted by KANE>


あいちゃん × PEAK HOUR
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あいちゃんは小学生の頃はどんな子だった?

 (※以下太字 / あいちゃん)

おてんばで外で遊ぶのが好きで、、中学校2年くらいまでペチャパイでチビだったから、結構すばしっこい感じの子でしたw
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元々横浜が地元だけど
幼稚園から小学校5年くらいまでは千葉の鎌ヶ谷って所に住んでて、結構自然もいっぱいある所だったから男の子とも普通に鬼ごっこしたりして遊んでました。それからまた横浜に戻ってきて。物心がついた頃から桜木町のガードの絵を見るのも凄い好きだった。

– 中学生になってからどう変化したの?

住んでたのが横浜の黄金町とか日ノ出町とかあの辺に近い所だったから、、街柄っていうか、道端でたむろしてやたら鼻筋に白いライン引いてたり。EGG (当時流行ったギャル雑誌) が流行った後、名残の時代だったからそういうメイクに憧れて、みたいな。
中2で生理が来てからいきなりオッパイ大っきくなってきて。ペちゃんこだった胸が一ヶ月でBカップになって、そっから毎年、、中3でC、高1でD、E、F、G、H、、で、二十歳までの間に Iカップにまで達して。一回21歳でJにまで達して、今は痩せて I にまで戻ったw
中三で高校の進路決める時に、勉強は嫌いだったし「何で高校行かなきゃならないの?絶対行かない!」とか思ってたんだけど、じゃあ何したいいんだろ?将来?って思って。
いきなり中2でBカップになって下着屋さんに初めて買いに行った時、店のおばちゃんに「何でこんなサイズになるまで下着買いに来なかったの!」って怒られたんだけど、、お母さんを小6の時に亡くしていたから、教えてくれる人いなかったし、その時はむかついたな、、。で、そこから下着を着けるようになって、下着の事色々調べたらワコール (大手下着ブランド) が日本ではNO.1ってなって。更に調べたらワコールで働くと3年から5年の間で全ての部署を回れるらしくて、全てを学べるのがいいなって思って。
ワコールに行くしか無いな、って思ったんだけど採用条件が大卒で。あたしが大学なんて無いって思ったけど、ワコールの推薦枠がある大学、京都造形大学を見つけて。絵を描くのは好きだったし、高校もデザイン科のある高校を受けて、、優等生ではなかったけど高3の夏には入りたかったその大学にAOで受かって入学も決まって。

– 中3の時からワコールへの入社を考えて計画的に動いてたんだね。

そこまでは自分の決めた進路をきれいに組み立てて行ったんだけど、、。高校に入ってからは当時の彼氏と元町の “BRIDGE” にダンスのイベントみたいので行ったのが初めてのCLUB体験で “Bodega” っていうCLUBも近所にあって、夜に親には「ランニング行ってきまーす!」とか言ってウインドブレーカーの下にホットパンツとか履いて、平日の0時回る前の1時間くらいスピーカーの前にいる、っていうのがクラブ遊びのスタートだった。
当時は友達と横浜駅の西口側にある駐車場に溜まるのが日課になってた。今思うとホント軽卒だったんだけど高2のある日、彼氏と別れてヤケクソになってた時、溜まり場から家に帰る途中、通りがかりの車にナンパされて車乗り込んでその人について行っちゃって。私も一人で相手も一人だったんだけど、、場所がどこだか分からないような、だだっ広い駐車場連れてかれて。途中飛び降りようかと思ったけどそれも怖くてできなくて。私が泣いたら相手は躊躇もしてたけどレイプされて。暴力的ではなかったけどグイグイこられて私も諦めて、、。
1~2時間で解放されたけど、、その時に女って不利だなって思った。私は「女として、男に負けない女になろう」ってその時に強く思った。男と対等にやってやろう、じゃなくて「女」を使ってやろうって思ったの。その事件が、私の根源にあると思うし、今も女だから出来る仕事をやってる。
高校卒業した後はワコールの推薦枠がある京都造形芸術大学行って、その頃にSNOOP DOGとか黒人文化に感化されて髪型アフロにしたら、居酒屋とか飲食店で働けなくなってw
どうしよう?ってなってた時にクラブに遊びに行ったら店長に「おまえ面白いな~、うちで働かへん?」って言われて、そのクラブでバイトしながら大学生して、家賃とか最低限の生活費は親に仕送りしてもらっていたけど、結構画材とかでお金かかったりでカツカツだった。
学校の授業でもあたし凄い生意気で。高校の時にデザインの事も学んでたから、初めたての他の子達よりは出来るじゃないですか。そういうのもあってあたし態度が凄い舐め腐ってて。それで適当にやるようになっちゃって単位落としたり。他にも色んな事が重なり、、大学も結局途中で辞めちゃって。

– それが20歳になったくらいだ。目標も無くなった先でどうしようと思った?

人生初の挫折、、。その後横浜に戻ってきて何するか決めてなかったから、半年くらいめっちゃ安いキャバクラで働いて、ノリでやっただけだったし、150万くらいそこで貯めてそのお店も辞めて。貯めたお金が無くなるまでプータローやって。
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一番上があいちゃんw
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使い切る時に「これから何をしよう?」ってなって。ちょうどその頃、神田うのがストッキング販売してそれが凄い流行ってて。神田うのは足が奇麗で「ストッキング」なら、あたしはオッパイが大きいから「下着」みたいな流れに持って行けるような立場になれたらいいな、って思った。
それで佐藤江梨子 (当時人気のあったグラビアアイドル) が好きだったから、所属事務所のイエローキャブも調べたんだけど募集要項とか何も出てこなくって、、。でも芸能人になりたいとかタレントになりたいとかそういう考えは元々無かったし、、「じゃあ、AV女優??」って。その方が短いスパンで名前も売れるし、あたしSEX好きだしw いいじゃん!!ってなって。
その頃渋谷のCLUBによく遊びに行ってて、街歩いてると凄いキャッチとかされるから、ある日キャッチのオヤジに声掛けられた時に色々話を聞いて。案内された事務所で面接して、オッパイが大きくて有名な女優さんも在籍してる事務所で。じゃあココに入ろう、ってなったんだけど、、色々あって、、結局そこの事務所は断って、自分で探して人づてに紹介してもらった事務所に入って。

– そこでAV女優としてデビューを果たすと。
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そう。2009年の6月に「鈴香音色」っていう名前が出来た。まだ芸名が決まってないっていう事で面接に行った時に、音が好きとかそういう流れで「鈴香音色」っていう名前に決まって、、いい事務所だったから嫌な思いとかはなかった。
私は2年で辞めるって決めて始めて。女優業はダラダラ長くやっても、、あたしは売名で名前を世に軽く出すっていうのが目標だったから。でも2年経つ頃に事務所に仕事干されて「そんなんで辞めれんの?」みたいに言われて「まだ続けます」って言ったら半年くらいの内に普通に仕事量戻ってて、、これイジメられてた、って思った。で、パッと「じゃ、辞めまーす」みたいな。それから引退作出して、やめた。
トータル、、2年半の間で単体で、再販みたいなのも入れて100シリーズくらい。人数物だったり企画物で200本くらい。

– 初撮影はどうだった?

以外と緊張しなくてw 緊張は多分してたと思うけど、始まったら「カメラマンさんこういう風に動くんだ、、」とか見渡しながら、後はされるがままで。男優さんも色んな配慮をしながらこなすから「男優さん、すげえな」って最初に思った。SEXうめえなって言うよりも、AV男優って職業なんだなって思った。
初現場の時はシミケンさん (AV男優) 。エロの現場なんだけど、撮影だから照明さん、メイクさん、監督、ADとか全部いる環境だし、ほんとドラマの撮影みたいで。

– およそ300タイトルって凄いよね。実際にはどのくらいの現場数こなしてるの?

200現場は確実にこなしてると思う。マジで一週間の間に4本ぐらい仕事入ったりした時は、それこそマ○コが切れちゃって泣いた。もうヤダ、したくなーい!って。でも、おかげさまで今は下ネタで入れないネタとか無いレベルで喋れるし、一通り経験してる感じ、何か色んなw くだらないのから王道まで、、スカトロ、ハードSM、アナルとかは、NGだけど。
あと私レゲエ音楽が好きで、レゲエは同性愛を許さない文化だからレズもNGにしてたんだけど、一回だけ「小坂めぐる」って言う女優さんがすっごい好きで、ちょうど小坂めぐるさんが引退する頃でやらない?って言う話が来て、あたしと小坂めぐるさんともう一人、女三人で絡んだ。
好きな女優さんだったし、憧れの先輩みたいな感じだったからすごい緊張した。男の人とやる時も映り方とか技はあるんだけど、そういうのを生かしながら、お互いを綺麗に魅せるっていうのを意識して。
AVの現場もすっかり慣れちゃうと、撮影が重なってる時とか隣からガンガン喘ぎ声が聞こえてくる中で平然とお弁当を食べてたりとか、全然気にしないで「あ、お醤油入ってなーい!ヤバ、声だしちゃダメだ」みたいなw 普通の生活だったら考えられない。

– そんなAV女優として活躍した2年半の生活も、いよいよ終止符を打つ事になると。

18の時に地元の「浜劇」ってところに初めてストリップを観に行って、、。子供の頃からそこに在ったのは知ってたし、すごい気になってて、男友達に「どうしても行きたいから」って一緒に行ってもらって観たんだけど、女の人の体がすっごい奇麗で、、。
AV女優からストリッパーになるのがセオリーみたいになってたし、AV女優辞める頃と重ねてストリッパーデビューして。そこからストリップにハマっちゃって。AVは辞めたけどストリップは続けて。
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– ストリップはどこでやってたの?

ストリップは「川崎ロック」デビュー。その後地元の浜劇も出たし。地元で表に垂れ幕も出て。「鈴香音色、来演」みたいなヤツも出してもらったりとか。浅草ロック座も出演させてもらったりして。強面で表情が硬いおじさんとか来るんだけど、わたしがステージで踊った時に笑顔を振りまいた時、そういうおじさんがつい笑っちゃうのとか、ニヤッとしたのを見ると凄い私の中で幸福感、、。一種の快感を感じるな、と思って。
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一番最初に会ってお世話になった姐さんに「5年やらないと踊り子じゃないわよ」って言われて。それで5年やろうって思ったんだけど、、ストリップ三周年の前くらいでお父さんにバレて凄い怒られて。それで勝手に辞めさせられて。
地方営業であちこち行ったりして飲みに行った先で「何やってるの?」って聞かれて「旅芸人です!」とか言ったりしてw すごい楽しかったから、辞めさせられたのも凄い悔しかった。それが25歳くらいの時で。
で、お父さんが「ニューヨークのブランドのバッグの販売権を買ったから、おまえやれ」って言われて、、デスクワークなんか全然やった事ないのに、お父さんの隣でデスクワーク生活を1年くらいやってたんだけど、ホント病んで。私の人生で一番の暗黒時代。その時期が。人と顔を合わせる仕事をずっとやて来てて接客が好きだったけど、その時期は毎日パソコンと睨めっこでお父さんしか顔を合わせない。ああしろ、こうしろ言われるけど全然分からない事ばっかで。
貯金も結構有ったんだけど全部その仕事につぎ込んで底をついてきて、その頃に「こんなんじゃ鬱病になっちゃうよ!!」って言ったら「じゃあ精神病院でも行って診てもらってこい!」って言われて。その勢いで飛び出して診てもらったら、鬱って診断されて、、それが自分でもショックで。「あたしが鬱?!え~!!」ってw でも結局鬱では無かったしw それで仕事も辞めさせてもらって。
お父さんも仕事になる事は色々チャレンジするタイプで、自由にやってる人だけど今は何の仕事してるか分からない。その一件でお互い仕事の話はしなくなったし私も聞かないし。
片親で育ってきて、お母さんに似てる娘がこういう仕事をする事に理解はしてくれてないと思うけど、、でも、とりあえず俺の言いなりには出来ない、ってある程度の諦めはついたんだと思う。

– それからお父さんとは会ったりはしてる?

会うけど普通に実家に帰ってお父さんのご飯食べて、、とかね。自分と似てる所が多くて何かとぶつかるから、あんまり好きじゃないけどすごくリスペクトしてる。

– AVからストリップ、デスクワーク時期を経てどうだった?

ストリップへの未練は今もあるし、お父さんと始めた仕事は今までやった事のない全く違う分野の事だったから、経験としては良かったかなって今は思ってる。でもやっぱり人前に出る仕事がしたい!ってなって探して今やってるのが、六本木にある “BURLESQUE TOKYO“。バーレスクはショーパブのエンターテインメントとして日本の最先端だと思うし。

– バーレスク東京に入った経緯は?

噂を聞いて調べたら、バーレスク東京のオーナーであり演出家、内藤良太さんのブログが出てきて、、そのブログがすげえ熱くって共感できて。ここしかねえ!!って思って。「面接したいです。」って言うのをその日にガンガン書いて送って。自分の今までのプロフィールも書いて、きわっきわのVビキニの全身水着の写真も送って。そしたら向こうも「なんかヤベえの来たぞ、とりあえず入れとけ」みたいになったみたいでw で、面接した次の日から体験で入って、その次の日から本出勤。ポンポンポーン!みたいな感じで、また人前に出る仕事に復帰した。
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@Burlesque東京
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私、以外と面白い人生歩んでるかも、、。先の事を決めないと進みだせない、何して行けばいいか分からないって子もいるけど、そういう生き方が逆に出来ない。コレッ!って決めないと何も出来ないし何もしないっていうタイプだから。今までも行き詰まった時とか、人生の年表書いたりとか、5年後何してたい、10年後何したいって紙に書いて知って、、自分の意志を確認したりとか常にしてる。

– 未来はどうありたい?

今やってるバーレスク東京も楽しいし、まだ決まってない。ストリッパーへの未練もあるし、アートな事したいし、下着とかもやりたいし、結婚して子供生みたいっていうのもあるし色々せめぎあってるお年頃、、なのかな。
ストリップの先輩の姐さんがいるんだけど、その人は40過ぎててすっごい綺麗で、、旦那さんもいて子供も育てて、そういうのが理想かな。かっこいい。女前というか男前というか。すごく粋だし、裸一貫で人を楽しませるっていう。あたし自身も、そうやって人を魅了させたいな。
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Full Moon Rave 2017@ageha
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– ピークアワーっていう言葉から何を連想する?

気持ちがいい時。お客さんの笑顔をたくさん見れた時。たくさん見れた上で、ちゃんとプロップスが返ってきたときはホントに、、ピークアワーかな。楽しませたい気持ちは常に持ってるから、バーレスクも遊びにきてほしいし絶対に後悔させない、って思ってる。
私が辿ってきた経歴に悔いはないし何も恥じてないし全部話せる。女優だった時代も、その話に触れなかったら忘れ去られて何事もなくなるだろうけど、隠したくないから言うし。理解出来ない人はつるむ必要もないし。
高校、大学の友達も、クラブの遊び友達も、私が女優やってた頃から今も、誰も否定しなかった。いい環境だったし今後も色んな人達と出会って、私にしか出来ないような事を表現していきたい!!
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– 今日はありがとうございました!今後の活躍も楽しみにしてます!(握手)あいちゃんの出演情報や近況に関しては、バーレスク東京のスケジュール、あいちゃんのツイッター等をチェックして是非現場でヴァイブスを体感してみて下さい!
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<Twitter : あい@バーレスク東京

BURLESQUE東京 Website

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PEAK HOUR!!

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’深みあり危ないよ!’ ケイパくんソフビコレクション #1 新発売!!

昔から全国各地の河川に生息していると言い伝えられている妖怪、、「河童」をモチーフにした愛嬌たっぷりのゆるキャラ妖怪「ケイパくん」がソフビになって新発売!!

遂にソフビとなって立体化したケイパくん。一個一個、手作業による塗装で仕上げており、封を開けずに飾れる事をコンセプトにコンプリートしています。まるで水面から顔を出しているように見えるパッケージが堪りませんね!!

「深みあり危ないよ!」それは、ケイパくんからの意味深なメッセージ! 
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深みあり危ないよ!ケイパくんソフビコレクション #1

SIZE W73mm / H73mm ※最大幅

¥4,600(税抜4,259)
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PEAK HOUR!!

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Sophiee with ゆるふわギャング INTERVIEW

 ゆるふわギャング、、!? Ryugo IshidaとSophiee の男女2MC、ビートメイカーのAUTOMATICの3人で、およそ半年前に結成された最新式HIP HOPユニット、それが「ゆるふわギャング」。
前回のRyugo Ishidaへのインタビューから引き続き、今回はゆるふわ紅一点のフィメールラッパー Sophieeへのインタビューを中心に、メンバー3人を交えた座談形式でお送りします!!
<Text&Shooted by KANE>
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Sophiee × PEAK HOUR
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–  今日は「ゆるふわギャング」でのファーストアルバム制作作業中という事だけど、ソフィは何が切っ掛けでラップを始めたの?
(※以下 S – Sophiee / R – Ryugo Ishida / A – AUTOMATIC)

S
その頃遊んでた友達にラッパーが多くて、ノリで始めたんだけど途中から本気になってきて。もともと音楽凄い好きだったし、面白そうだったから、、。

– それは何歳の頃?

S
高2くらいです。レゲエ好きでヒップホップも聴くようになって。アメリカのばっか色々聴いてて、、EMINEMの “Without me” とか高校の頃凄いキャッチーで、”Stan” とか、、。色々出来るEMINEMは衝撃だったんですよ。音の聴こえ的に面白かったし、ソフィは最初、EMINEMで面白いって思ったし、全然ヒップホップ聴かない人にもその衝撃を味わってほしい。そういうの大事なんだろうなって思いながら曲も作ってます。

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– ソフィの地元はどこなの?

S
品川ですね。お台場まで電車で3分の距離ですね。ずっと住んでて普通だと思ってたんですけど、茨城行ったりして帰ってくるじゃないですか、相当キモい街なんだなって。アハハ、作られたモノしか無いから、、。今まで全然違和感なかったのに今は超あるw 改めて、、。でも水は近いからいいよね。
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– 中学高校の頃はどんな女の子だったの?

S
今は22なんですけど、中三の頃から六本木のクラブ行ったり、超遊んでましたね。死ぬくらい、遊んでましたw その頃地元のピザ屋でアルバイト始めて。中学生だったんですけどコネで入れてもらって働いてて。
クラブ遊びはそのピザ屋の先輩に連れて行ってもらったのが初めてで。高校生になってからはお金貯めてN.Y行ったりスペイン行ったりして、N.Yに行ってから音楽もより好きになって。
世界旅行の本で目閉じてページをペラペラ~ってやって止めたページがスペインで、時期的にトマト祭りが被ってて。これ行かなきゃヤバいって思ってw 運命だって思ってw 16とか17歳くらい。お金貯めて一人で行って超楽しかった、、。
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15歳頃のソフィちゃん。
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– 2016の春にリリースしたフリー・ダウンロードのEP “SALT” でのソフィと、現行の「ゆるふわギャング」のソフィを音源で比べると、雰囲気がだいぶ変わったように思います。
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Sophiee / SALT
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S
最近感じることが多くて。ずっと東京に居ると景色も変わらないし全然開かなかったけど、リュウゴ君と会ってから茨城に行ったり色んなとこ行くようになって、、どんどんドアが開いてく、みたいな。
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R
今回作った曲全部にストーリーがあって、作るのも面白かったです。ず~っと二人で車で動きながら曲作りしてたんで。

S
「ゆるふわギャング」のアルバムの半分は、夏に超ブンブンで遊びながら作ったからテンション高いんですけど、予想以上に注目されて、、それから色んな人とも出会ったし、人に会いすぎてエネルギー使っちゃって、秋ぐらいとか曲も書けなくなって、、。でも11月に山梨行って、なんかボォ~~ッ!!ってなってw

– 山梨で覚醒したんだw 甲府の桜座であった「バンコクナイツ」上映会の時だね。

S
もう一個ドアあったみたいな。ステージ2みたいな。ゲームしてるみたいに。その日からまた「ゆるふわギャング」のアルバム後半の曲も一気に書き出して。

– ソフィーとリュウゴの出会いはいつ頃?

S
今年の6月にライブで知り合って、一緒に曲作り出したのが7月くらい。

– 出会ってから半年、その前は4月にソフィが “SALT” EPをフリーDLで出して、5月にリュウゴとAUTOMATIC BEATのタッグによる “Everyday Is Flyday” が発売、それから間もなくして「ゆるふわギャング」を結成して、今に至ると。
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S
こんな風になるの想像してなかったから、、遊びながら作ってて、思ってたより曲もいっぱい出来たしボリュームあるし。自分でもビックリしてます。


-「ゆるふわギャング」っていうネーミングの由来は?

R
ソフィに俺のラップがゆるふわだねって言われたのと、お互いタトゥーが入っててふわってるけどギャングだねw で「ゆるふわギャング」になりました。
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– (この日、全体の9割ぐらい出来上がったというアルバムのデモを聴きながら)ソフィの独特な雰囲気っていうか、今回のアルバムで炸裂していますね。

S
日本人あまり聴かないからですかね?常に新しい事が好きすぎて、、アメリカは常にフレッシュな気がして。だからそっちばっか聴いてるのかな?必ずターニングポイントでぶち込んでくる人がいるんですよ。そこからその時代の曲が変わってくような。そういうのになりたいなって思って。キーパーソンになりたい。こういうのもあるっしょ?的なものですね。
音楽で海外に行きたい、海外行って有名になりたい。最終は火星に行く事です。あはは


– 最近よく聴く曲とかは?

R
音楽っていうより最近映画よく観ますね、NETFLIXとかで。ストレンジャー・シングスとか、、。あとエクス・マキナ、人工知能が人間を追い抜く瞬間の話なんですけど。

-(会話の最中、ちょうどBGMにゆるふわギャングの “Fuckin’ Car” が流れている。)この曲は途中で展開が大きく変わるけど、トラックはどのようにに作っていったんですか?
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A
二曲繋ぎ合わせてるんですけど、一曲はフリーでネットで落として、もう一曲もネットで出てたのをメールして交渉して買いました。


– “Fuckin’ Car” に関してはAUTOMATIC BEATでは無いんですね。

A
そうなんです。でもこの曲から全て始まったので。この曲が「ゆるふわギャング」のインスピレーション、、これを聴いてこういう事か~、、みたいな、、。アルバム全体の色というか、ここから始まったんです。
2人から声をもらって音作りも展開していく事が多いので。自分からシンプルな形で音を渡して、2人の声が届いて、そこから曲としてアレンジしていくんで。ツイッターのダイレクトメッセージでやり取りしながら。
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S
ぶっちぎりでいたい、、。

R
(アルバム制作の)後半はもう、感情乗りっぱなしですね。感情的になるっていうか、そういうパターンに変わっていったよね。

S
ソフィ、冷たかったんですよ。人に興味ないっていうか、、誰に対してもドライだったんですよ。何かそういう環境が小さい時からずっとあって、ホント冷たかったんですよ。”SALT” EP の GHOSTって曲で言ってる事もマジでガチだったしw ソフィは前はああいう人でした。けど、ゆるふわやってからだんだん今溶けてきてるから。
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ゆるふわやるまで自分も病んでたし、だから今病んでる人達の事が分かるっていうか、前の自分にも言い聞かせてる。普通にメンヘラだったと思うし。そうなっちゃう人の事も分かる。ソフィは音楽やって救われたっていうか、、自分が凄い変わった。
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– 今日は「ゆるふわギャング」のメンバー三人が揃い踏みで、1ファンとして嬉しい光景です。

A
3人で会ったのは通算で4,5回くらいで。けどその距離感とはちょっと違いますね。チューニング合う人見つけた!みたいな。

S
ウチらは常に2人で行動してるから。(空中を指差して)ココにAUTOMATICさんが居て、、。会ってなくても会ってる感じがしてる。
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– 出会いと躍進、3人にとって今年は大激変の年だったんですね。

S
自分たちも大激変だったけど、それに気付いた人達も新しすぎて大激変だと思う。現在進行形っていう感じで、、音楽はタイトにやっていきたい。ゆるふわだけど。

R
幸せすぎて、ハイになりすぎてもう泣いちゃうぐらいの、、溢れる曲ばっかり出来たから、、。

A
この二人のバランス感覚は凄いですね。もちろん主人公も出来るんですけど、目の前で起こっている事を客観的にドライに観てるっていうか。二人にはこのまま感性で走ってもらって、俺はそのバックアップっていうか知識とかそういう部分でガッチリ行きます。

– ソフィにとってのピークアワーはどんな時?


S
音楽やってるとき、一緒に曲作ってる時とか、、曲が出来た時。ウチらが声録って、AUTOMATICさんにデータを投げて、また帰ってきた時。来た!!みたいな、プレゼント!!みたいなw ツイッターのDMを開ける、その瞬間がピークアワー。

A
リュウゴはいつピークになってんの?

R
いつもピークになってますね、、、。幸せっすね、、。

S
アハハ、凄い!うん、、そうだよね、、うん、、。 


– 2017年は早々に「ゆるふわギャング」のファーストアルバムも発売という事で、今後の活躍と動向を楽しみにしてます!!(握手)
その他、最新の情報等は下記 ツイッターのアカウントを是非チェックしてくださいね!!
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<Twitter : SophieeRyugo IshidaAUTOMATIC

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PEAK HOUR!!

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